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津地方裁判所四日市支部 昭和32年(わ)21号 判決

被告人 松岡道男 外一名

主文

被告人両名をいずれも死刑に処する。

押収に係る出刃庖丁一本(証第七号)はこれを没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人松岡道男は本籍地において松岡伊代松の三男として生れ、小学校尋常科を卒業後戦災のため三重県鈴鹿郡深井沢村に疎開し、同地の小学校高等科二年卒業後中学三年に編入されたが、間もなく中途退学して暫くの間家業の指物職手伝をなし、その後約一年間ミシン組立工をしているうちに女遊びを覚え、昭和二十四年頃現住居に移住してからはパチンコ店々員となり、次いで請負業協和組の人夫に雇われたが、パチンコ遊戯に耽つて同僚から借金し、退職金で借金の返済をするため、昭和三十年七月頃右協和組を退職し、再び自宅において指物職の手伝をしていたが、益々小遣銭に窮したので自宅附近の四日市市浜町千五百二十番地において女独りで質商を営み小金を持つている扇屋質店こと中村さだ方に押入り同女を殺害して現金を強奪しようと企図するようになつたが単独では実行し得ずして適当な協力者を物色し、これが見当らない儘に右企図を実行に移し兼ねていたところ、昭和三十一年十一月頃から美濃窯業株式会社に工員として勤務するようになりこの頃から女遊びに耽溺し、その遊興費に窮したため、右会社の工員に交付される自己及び同僚佐野健児名義の百貨サービスチケットを利用して背広、オーバー、時計等の商品を入手し、これを入質換金しては遊興費に充てていたので、約九万円の債務を負担し、その返済に窮した結果同会社にも勤続できなくなり、同年十二月末同会社を退職し、自宅において指物職を手伝いながら右債務の整理に当つていたが、指物職の仕事もあまりないところよりパチンコ遊戯などをして徒遊し、その小遣銭にも不自由する状態であつたためこの頃に至つても前記中村さだ方に押入り同女を殺害して現金を強奪すべきかねての企図を捨てきれない儘に、遊興費を得るため、右企図を実行しようとして、その機会を見計つていたもの、被告人一色静男は鈴鹿市白子町において一色安一の四男として生れ、同地の小学校に入学後間もなく父親に随伴して渡満し、満洲国本溪湖南所在の南在満国民小学校に転校して高等科一年まで通学したが終戦となつたため、昭和二十一年七月家族と共に三重県三重郡小山田村に引揚げ、間もなく同郡岡田町の引揚住宅に移住し、甘藷のブローカーなどをしていたが、昭和二十二年頃四日市市役所復興事務所の雑役となり、次いで同市千歳町所在の東海建材株式会社の工員となつて右自宅より通勤していたが、その後大工職人を志してその見習となり、昭和二十五年頃からは一人前の大工として独立し、自宅の周辺で稼働し、昭和三十二年二月七日頃から四日市市所在四日市倉庫事務所新築工事現場で働くことになつたので、肩書住居である同僚近藤君夫方に下宿して右職場に通勤していたものであつて、被告人両名は被告人松岡が前記深井沢村に疎開していた当時、被告人一色も前記岡田町の引揚住宅に居住してた関係から、その頃国鉄関西線の列車内等で屡々顏を合せているうちに、相互に知合うようになり、その後被告人松岡が現住居に移住して後は互に交際の機会を失つていたものであるところ、

昭和三十二年二月二十二日午前十一時頃被告人松岡は、四日市市諏訪町丸美パチンコ店において、偶々パチンコ遊戯中の被告人一色を見付けるや、同人を同店附近の諏訪公園に誘い出し、同公園内諏訪神社北側ベンチ附近において同人と雑談をなした末、被告人松岡は被告人一色に対し「自分の家の近くに婆さん独りで質屋を営んでいる扇屋という家があるがこの家の婆さんは常時現金四万円位は持つている。しかし自分とは顏見知りだから、同女を殺した上でなければ金はとれない。自分のジヤンパーが預けてあるからこれを取りに行く顧客を装つて、今夕二人で質商扇屋の婆さん宅を襲い、同女を絞殺して金をとろう、同女方の前は関西線の列車が走つているから、その轟音にまぎれて侵入すれば、小さな物音は判らない。侵入の時刻は午後六時過ぎに関西線の上り列車が扇屋前を通過する時とし、その機に乗じて押入ろう。」とかねてよりの扇屋こと中村さだ方における前記犯行計画及びその手段方法を述べてこれを勧誘し、これを聞いた被告人一色は大工職でありながら、収入も十分になく、その上酒好きで稼ぎ高の大半を酒代に当ててしまい、小遣銭を作るため衣類等を入質し、金銭に窮していた折柄直ちにこれを承諾し、ここに被告人両名は共同して扇屋こと中村さだ方に押入り、同女を殺害して金員を強取することを謀議し、同市内四日市劇場で映画を観たりなどして時間の経過するのを待つた上、同日午後六時二十分頃国鉄関西線名古屋行上り列車が前記中村さだ方前を通過する機会に乗じて、同女方表出入口から顧客を装つて屋内に入りその玄関土間において、かねての計画通り被告人松岡が中村さだに対し、自己の入質品ジャンパーの質受をなす旨申出たところ、同女から親しく話しかけられたので被告人両名は気おくれし、中村さだに対する前記の企図を実行に移しかねて遂にその機会を失したため、そのまま一旦同女方から退出したのであるが、被告人両名はなおも右企図を諦めず、同女方附近の同市浜町地内三滝川堤防上を歩きながら、更めて翌二十三日の前同時刻に再度右中村さだ方に押入り、その際には出刃庖丁を使用して同女を殺害した上金員を強取することを謀議し、直ちに同日(二十二日)午後七時頃同市南町二千五百十二番地金物商又兵衛こと梶田晴夫方において、被告人一色が前記犯行用に出刃庖丁一本(証第七号)を買求めて、これを用意し、翌二十三日午前八時頃同市浜町三滝川辺りの市営野球場選手控室において、被告人一色は右犯行用出刃庖丁を被告人松岡に手渡してその保管を託し、一旦別れた後右同日午後五時三十分頃同市浜町旧東洋紡績株式会社四日市工場跡附近の小屋において、被告人両名は中村さだ方における同女殺害と金員強取の方法につき「被告人松岡が先に同女方に押入り被告人一色がこれに続き、中村婆さんが出て来たら被告人一色が同女の首を締め、被告人松岡も同時に婆さんを押えながら首を締める、次いで被告人一色は出刃で同女の頸部を突き刺し、これを殺害した上同女の金を奪い取ろう、その際指紋が残らないように手袋をはめる、侵入の時刻は午後六時二十分頃関西線名古屋行上り列車が中村方の前を通過する時とする」旨の最後の謀議を遂げ、該謀議に基ずき被告人両名は前記小屋を出て関西線三滝川ガード下に至り午後六時過ぎの下り列車が同所を通過するのを待つて関西線の西側道路を前記中村さだ方に向けて南進し、同日午後六時二十分頃関西線名古屋行上り列車が前記中村さだ方前を通過する機に乗じて、同女方表出入口より被告人松岡が「今晩わ」と言つて先に押入り、同一色がこれに続いて屋内に侵入し、中村さだ(当時五十三年)が玄関土間突当りの三畳間と玄関との境の硝子戸を開けて、右三畳間の火鉢の向側(西側)に玄関入口に向つて座するのを見届けるや、矢庭に被告人一色が靴ばきのまま同間に飛上り、同女の肩の辺を突いてその場に仰向けに押し倒し、同女の南側に出て左足を以て立膝をなし右足を同女の身体に付け両手を以て同女の頸部を絞めつけ、被告人松岡は被告人一色が右の通り同女に飛掛つてこれを押倒した瞬間に同女の北側に出て右足を以て立膝をなし左足を同女の腹部に乗せてこれを押え付けると共に両手を以て同女の頸部を絞めつけ、「金はやる」と言いながら被告人等の手を外そうとする同女の抵抗が弱まつた頃、被告人松岡は玄関に出て雨戸に施錠をなし、右三畳間に引返し再び同女の北側に来てその頸部を締めつけ、被告人一色は同松岡から同女殺害用に携帯した前記出刃庖丁(証第七号)を右手に受取り、之をもつて同女の頸部を四回突刺し、よつて同女をして右側頸動脈、左側顏面動脈切断による失血並びに絞首と血液吸引による窒息との競合により即死せしめてこれを殺害した上、即時被告人両名は中村さだ方屋内の現金物色に当り、被告人松岡は同女方南側台所附近の机の抽斗内にあつたチャック付布製財布(証第五号)の中から、同女所有の現金一万五千円位を抜き出して、被告人一色に手渡し、更に同女方北側六畳の間に移り同間において、被告人松岡は手提袋内の茶色ビニール製二ツ折財布(証第六号)を発見し、同財布中から同女所有の現金三百円を抜き取り、以て現金合計一万五千円位を強取したものである。

(証拠の標目)(略)

(心神耗弱の主張に対する判断)

被告人松岡の弁護人は

本件犯行当時同被告人は心神耗弱の状態にあつたから、当然刑を減軽されるべきである旨主張するけれども、同被告人は本件犯行の着手前、極めて周到な計画を廻らし、且つ相被告人一色とも謀議を重ねた上、該謀議に基き本件犯罪を敢行したものであつて、取調官に対しても犯行の全般に亘り一貫して詳細、明確な供述をしており、又犯行の模様、その前後における同被告人の行動及び当公廷における言語、態度、動作、証人松岡さかへの証言、医師黒沢良介作成の鑑定書、深井沢小学校長作成の回答書等に徴しても、同被告人が本件犯行当時心神耗弱の精神状態にあつたものとは到底認められないので右弁護人の主張は採用しない。

次に被告人一色の弁護人は

本件犯行当時被告人が心神耗弱の状態にあつたから法律上の減軽事由がある旨主張するけれども、同被告人も前記捜査官に対して犯行当時の模様を詳細且つ明確に供述しているし、その他本件犯行当時の模様及びその前後における同被告人の行動並びに当公廷における言語、態度、動作、証人一色のぶの証言等に照しても、同被告人が本件犯行当時心神耗弱の状態にあつたものとは認められないから、右弁護人の主張も採用するに足らない。

(法令の適用)

法律に照すと被告人等の判示所為中住居侵入の点は、いずれも刑法第百三十条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号第二条第一項、刑法第六十条に、強盗殺人の点は、いずれも同法第二百四十条後段、第六十条に該当するところ、以上はいずれも手段結果の関係にあるから同法第五十四条第一項後段、第十条に則り重い強盗殺人罪の刑に従い、所定刑中いずれも死刑を選択し、被告人両名を死刑に処することとし、押収に係る出刃庖丁一本(証第七号)は判示強盗殺人の犯行に供せられたもので、被告人等以外の者の所有に属しないから同法第十九条第一項第二号第二項本文によつてこれを没収し訴訟費用については被告人両名ともに貧困のため、これを納付することのできないことが明らかであるから、刑事訴訟法第百八十一条第一項但書により、全部被告人両名をしてこれを負担せしめないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 渋谷利二 浜田盛十 高津建蔵)

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